断捨離が成功した決定的な本と私のミニマリズム。手放したからこそ入ってきた。

ここ数年ミニマリストという人たちが注目されていますよね。

私も断捨離を経て、ミニマリズムの影響をかなり受けた一人です。

そんな私がいっきにものを手放したときのお話です。

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ミニマリストとは。どんな人たち?

ミニマリストとは、簡単に説明しておくと、

「最小限主義者」

のことを指します。

その人にとっての必要最低限のものや環境で生活をする。

物や環境に囚われない人たち。

それにミニマリストって、とても自由な人たちという印象が大きいです。

物にも、物事にも、環境にも、囚われていない。

自分なりのあり方を持つことで、どこか開放された部分があるんですよね。

そしてその「必要最低限」は、人それぞれの基準があります。

本当に空っぽの部屋で過ごす人もいれば、

ある程度の家具や日用品を持ちながらも、その人なりの必要最低限のものだけで生活をしている人もいます。

とはいえゴミ屋敷のようなゴチャゴチャの家に住みながら、

「これが私の最小限です!私はミニマリストです!」

なんて言ってもそれは違うと思うのですが(笑)

(それはそれでその人なりの本当の意味でのポリシーがあるのならそこは否定はしません)

物に依存せず、囚われず、自分なりの最小限を知っていたり、見つめたりしながら、

その人なりの必要最低限の中で生きる人たち。

生活は最小限なのに、心はとても豊かで大きい人たち。

私の言葉も含めて説明すると、そんな人たちがミニマリストなのだと思います。

今の生活 < ミニマリズム

私がミニマリストなのかどうかというと、名乗るには自分なんぞまだまだという所です。

逆を言えば今の生活に対して、気持ちの方がミニマルを求めている状態でもあります。

私なりのミニマリズムという基準においては、現状に満足はしていません。

ただ極端な話、いきなり全てを捨てて山にこもり仙人になるというのは難しいことで。

今の私と家族が暮らしていく中で、我が家なりのミニマル・我が家なりに囚われない生活というのはどのあたりなのか。

模索している日々なのです。

本来私個人の中に欲求はあるんです。

ミニマリストという言葉を知るずっと前から、何にも囚われず、仙人のような生活がしてみたい。

全てを無にして、自分を解き放ってみたい。

恐らく10代前半の頃からこの感覚がありました。

「仙人になりたい」とよく言っていた記憶があります。

(ただそれが物を持たないこととは繋がっていませんでした。)

けれどミニマリストになることそのものが最終目的ではないし、ミニマリズムだけが唯一正しく美しいものとも思っていません。

今は子育てをしっかりしながら、家族と楽しい時間を過ごすことが最優先。

その中で物が増えたり、物に幸せを貰ったりすることもあるでしょう。

月日の流れに伴い、環境やミニマリズムは変化していくものだと思っています。

今の私は自分の満足のいくミニマルな生活を送ってはいませんが、断捨離を経て得たミニマリズムの心は変わっていません。

こんまりさんのいう、「リバウンドしない」領域に精神面で入っているのだと思います。

そして私の目指すところは、ミニマリズムによって精神が開放され、囚われない心でありながら、自分なりの必要最低限の洗練された空間で生活を送ることです。

なんにもない部屋で過ごしていればすさんだ気持ちでもいい。

物に溢れていたって心は自由。

私自身の理想としてはそれではダメなのです。

私が物を手放した時

私がたくさんのものを手放したきっかけは、心身疲れ果てて退職したこと、それがちょうど30歳の時だったこと、ミニマリズムという考え方を知りある本と出会ったこと。

これらがタイミングよく重なったからだと思っています。

30歳の時私は勤めていた会社を辞め、心身疲れ果てて自分をどうにかしたい気持ちでいっぱいでした。

いつも何かを得たい、もっと変わりたいという気持ちだけが先走り、結局その先には進めていない自分に憤りや焦りを感じていました。

「今度こそ何かを変えなければ。」
「自分をリセットしよう。」

そう思い私はしばらく外で働くことは考えず、今まで気になっていた断捨離をしてみることにしました。

そこでネットで色々と調べているうちに、断捨離の先をいくミニマリストという人たちの存在を知ります。

中でも強く影響を受けたのが、とある方のブログでした。
そこで紹介されていた、カレンキングストンさん著書、「新 ガラクタ捨てれば自分が見える (小学館文庫)」を買い読んでみたのです。

どの本よりもエネルギーに動かされた一冊

本が届き読み始めたのは晩御飯の後。
すらすらと読める内容というのか、続きが読みたくて仕方ない。
翌朝目が覚めてすぐ布団の中で続きを読み、そのままものすごいエネルギーに動かされ、その日のうちにほぼ全てのものを手放しました。

運よくその日はちょうどゴミの日。
住んでいる地区はごみ収集が午後だったので間に合うことができました。

もしもゴミの日じゃなかったら、ここまでうまく手放せていなかったかもしれません。
これも何かのめぐり合わせなのかもしれませんね。

家の中に残ったのは、殻になった押入れ、ハンガーラック、カラーボックスや家電、その日は収集してもらえない分別ゴミがほとんどでした。

本当に、あとはほとんどすっからかんになりました。

それほどにこの本は私の何かを奮い立たせました。
ものすごいエネルギーが内側から湧いてきて、体が勝手に動かされた感覚です。

これまで断捨離関係の本や記事は目にしていました。
こんまりこと近藤麻理恵さんの「人生がときめく片づけの魔法」も読みました。
ネット上でも色々な方が片づけをして何かを得たり、スッキリとした生活をしているのもたくさん目にしました。
けれどどれもぴんとこなかったのです。

読んでいて心に響くものもなかったわけではないのです。
けれど、「フムフム、そうなんだぁ~すごいな~私もやってみよ~~~(いつかそのうち)」で止まってしまうというか。

やる気スイッチが入るまでにはならなかったんです。

対してこの本はどんどん手放したいと思うような言葉が多かった。

断捨離をしてみたいと思っている人たちが本を買う心境としては、「やればいいのはわかっていてもなかなか実行できないからなんとかしたい。」というのが大きいと思います。

やり方がわからないというのもあるかもしれませんが、結局実行できないからまた別の本やブログを読み漁りそこで終わってしまう…。

私は完全にそんなタイプでした。

でもこの本は私にぴったりはまったんでしょうね、スイッチが自分でも驚くほどに入ったんです。

私と同じような方はぜひ読んでみてください。

スイッチの入る一冊になるかもしれません。

断捨離は一種の荒療治

今回の体験で断捨離は一種の荒療治であると痛感しました。
いえ、せざるを得ませんでした。

ものを捨てる痛みと向き合うことで、自分自身の心の奥の痛みも手放すことができるものなんだということを身をもって痛感したんです。

心の整理という目に見えないものが、実際にそこにある物を整理するこということと抱き合わせになるおかげで、どんどん進んでいくんですね。

これを実際に体感するまでは、断捨離の素晴らしさが本当の意味ではわかっていなかったのだと思います。

手放す痛みを経て何も無くなった部屋を見た時、自分の心も空っぽに近い状態になったのを感じました。

今までなんとなくできずにいた片づけが自分でもできたという嬉しさ、達成感。

自分の中に膿のように溜まっていたものも一緒に洗い流すことができたかのような、穏やかですっからかんの気持ち。

この感覚は本当に体験してみないとわからないものでした。

そして家の中も心も空っぽになると、自然と次のことに目が向きます。

今まで物に隠れていたことが視界がクリアになって見えてきて、次のステップに向き合うことができるようになりました。

前に進める感覚です。

この前に進める感覚ってとても大切だと思います。

意識が前に進むと、自然と環境も前に進んでくれるんですよね。

前に進んだ一つとして、このあとすぐ子供を授かりました。

不妊という程ではありませんが、決して授かりやすい体とは言えなかったので本当に嬉しかったです。

夫も「sakuraがたくさん捨てて新しい風が入ってきたから、この子もやって来たんだろうな」と言ってくれました。

手放すと入ってくるというのは断捨離ではめずらしくない考え方ですが、自分が本当にそうなるとは思ってもみませんでした。

恐るべし断捨離パワー。

もののない生活が心地良い

我が家は今、炊飯器がありません。

食器棚もないし、食器はシンク下に納まる分だけ。

バスマットや、トイレのマットもありません。

寝室にしている畳の部屋は、日中布団をたたむとカーテン以外何もありません、床は畳だけです。

(産後は子供のオムツグッズなどがおいてありますが)

そんな生活が今は心地が良いし、心が穏やかでピンとなります。

これからは子育てで物が増えることは間違いなしですが、夫と子供と一緒に、物と向き合いながら生活していきたいと思っています。

断捨離やミニマリストに関するブログや本を読んで感じたことのまとめ

・生きる上で必要なものって、ごくごくシンプルで、実は少ないんじゃないか。

・かといって今すぐに全てを捨てて仙人のように山にこもって生活するわけにはいかないけれど、ある程度今の生活のなかでもミニマルを取り入れることはできる。

・当たり前にあり疑うことのなかった「普通の生活」や「必要最低限」は、自分で必要と感じて作り上げたものではなくて、これまでの環境や他者からの思い込みによって「いつのまにか刷り込まれたもの」にすぎないのではないか。

・その全てを否定するわけではもちろんないけれど、もう一度自分の目線で見直してみてもいいのではないか。

本日もお読み頂きありがとうございました^^!

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